呼吸に集中

パニコが、パニック障害を早い段階で克服することができたのは、まさに「呼吸法」のお陰である。

とはいえ、それまで何となくヨガをやっていて、何となく呼吸法を知っていた、というくらいで、特別に呼吸を大切にしていたと言う訳ではない。

しかし、呼吸が心の安定につながることを、頭では理解していなくても、ヨガを通じて身体が知っていたのかもしれない。

だから、あの時、ふと呼吸に意識を向けることができたのだろう。



ふと呼吸に意識が向いたら…!


パニコは、仕事で数回、過呼吸になって以来、度々「予期不安」に襲われるようになっていた。

狭くて暗いところ、窮屈な人混み、響くような音…。

それらを引き金に、「また苦しくなるんじゃないか…」という不安が生じ、さらなる恐怖心に呑み込まれていく。

そして、パニック症状を引き起こしてしまうのだった(汗)


しかし、ある時、予期不安が起こり、恐怖心に呑み込まれそうになった時のことだった。

ふと、呼吸に意識が向いたのだ!

心拍数が上がり、息苦しくなっていく中でも、できる限り「ゆっくり吸って、ゆっくり吐こう」という意識が働いた。(ヨガのレッスンで、いつもそうしているように。)


その時、パニコは不思議な発見をした。

それまで、「怖い」「苦しい」「死んじゃう」というネガティブな思いで心がいっぱいだった(と思い込んでいた)のに、その中に(ほんの少しではあるが)「私、呼吸してる」「まだ生きてる」と、冷静に今の状況を見つめている自分がいることに気づくことができた。


本当は、いつだって冷静な自分はそこにいるはずなのに、不安と恐怖にかき消され、見失ってしまっているだけだったのだ。

それは、いつだって太陽はそこにあるのに、すっかり雲に覆い隠されてしまっているのとよく似ていている。

雲隠れ1

雲隠れ2

そしてその時、そんな自分に対して「あれ?私意外と冷静じゃん。」と、さらに客観的に自分を捉えている自分にも気がついた

その瞬間、不安と恐怖のいくらかが、すぅーっと引いていくのが分かった。

それは、パニコにとって、とても不思議な感覚だった。

はじめて客観的に自分を捉えた(ことに気づいた)瞬間だったのかもしれない。

その客観性が、とても重要なことであると、この時はまだ理解に変わらなかったが、とにかく「呼吸に意識を向ける」と落ち着くことを知ったパニコは、それ以降、不安に襲われるたびに、呼吸、呼吸…と思うようになった。

そうして、何とか冷静な自分にしがみつき、不安と恐怖の波に呑み込まれないで済むようになったのである。

このようにして、パニコはパニック障害が悪化する前に、自力で克服することができたのだった。

当時、呼吸法を知っていたのは、まさに幸運だったと思う。




呼吸は現実とつながる最適のツール


後に、パニコは、ヨガマインドフルネスを学ぶことになるのだが、そこで初めて、「呼吸と心の落ち着き」の関係ついて知ることになる。

また、「気づき」や「客観性」の大切さも少しずつ理解に変わっていった。


「呼吸」とは、今この瞬間のできごとである。

つまり、何よりも現実のできごとなのだ。

それに対し、「不安」は、現実にはまだ起こっていないできごとだ。

「あの時も苦しくなったから…」
「また今回も苦しくなるかも…」

そんな、過去や未来から来る不安は、言うなれば、ただの妄想であり、非現実的である。

それなのに、そんな非現実的な妄想に、踊らされてしまっているわけだ(汗)

呼吸と不安

呼吸は、「今・ここ」という現実に意識をつなぐための、最適なツールなのである。

それゆえ、マインドフルネス瞑想の最もシンプルな方法として、「呼吸に集中する」ことが用いられている。

目の前の現実「今・ここ」に心がつながっていれば、それ以外の余計な妄想に心が囚われにくくなる。

不安の波も、静まっていくのである。

だから、冷静になり、心が落ち着いていく。

これは、心をコントロールするために、効果的なテクニックだったのだ。


パニコは、今でも呼吸を大切にしている。

呼吸を整えれば、心も身体も自然と整っていくことを、身をもって体験したからだ。

そして、その確信がパニコを安心させてくれるのだった。


いつも無意識的にしている呼吸。

当たり前すぎてその大切さに気づきにくいけれど、ほんの少し意識するだけで、心のコントロールに繋がるということは、パニコの人生において、重要な発見だったと言える。